
これだけの規模の大会を開催するには、相応の費用も必要です。
今回、2日間にわたる大会と交流会への参加費は、一人当たり約2,000元、日本円にすると5万円弱。
さらに宿泊費は各家庭が別途負担し、ほとんどの選手が家族で参加しているので、その分の費用もかかります。
中国の家庭にとっても、決して小さな負担ではありません。
それでも全国各地から多くの家族が子どもを連れて上海へやって来ます。
なぜ、これだけのお金と時間をかけて参加するのでしょうか。
「そろばん大会」だけに払うお金ではない


実際に大会に参加してみると、その理由の一端が見えてきたような気がします。
主催者側は、大会を単に「競技をする場所」としてつくっているわけではありません。
子どもたちが憧れる舞台をつくり、そろばんを学ぶことに誇りを持たせ、全国や海外の仲間と交流し、先生たちにも光を当て、さらにその土地の文化や教育に触れる機会まで用意する。
「大会に参加する」という一つの経験を、子どもの成長へとつなげようとしているように感じます。
競技だけなら、何点取ったのか、何位になったのかで終わってしまうかもしれません。
しかし、この大会では違います。
大きな舞台に挑戦する。
違う地域や国の子どもと出会う。
大学を訪ねる。
産業施設を見学する。
開催都市の歴史や文化を見る。
そして、普段の生活では出会うことのできない世界を子ども自身が経験する。
そこからは、そろばんを単なる習い事としてではなく、子どもの成長や教育の一つの機会として考えている家庭が少なくないこともうかがえました。
家族を巻き込み、そろばんの価値を伝える大会


この大会は、今回で第17回目となります。
参加する家庭の中には、毎年この大会が開かれることを念頭に置き、早くから予定を立て、家族旅行も兼ねて参加する人たちも少なくありません。
この大会は、子ども一人が参加する競技会というより、家族みんなで子どものそろばん学習を応援する、一つの「家族行事」にもなっているのです。
中国では、子どもの教育に対する親の関心は非常に高いものがあります。しかし、だからといって、すべての保護者が最初からそろばんの教育的な価値や伝統文化としての意味を十分に理解しているわけではないでしょう。
むしろ今回の大会を見ていて感じたのは、大会そのものが、保護者にそろばんの価値を伝える役割を担っているということでした。
大会をつくる側は、競技内容だけを考えているのではありません。
子どもたちが努力の成果を発揮する姿をどう見せるのか。挑戦する姿や成長を、保護者にどう感じてもらうのか。そして、「そろばんを続けることには、こんな価値がある」と家族にどう伝えるのか。
競技そのものはもちろん、大会に付随するイベントや演出、表彰、交流の機会などにも、そうした「親の視点」が十二分に取り入れられているように感じました。
つまり大会は、子どもたちにとって日頃の努力を発揮する舞台であると同時に、保護者にとっては、わが子の成長を通して、そろばんの価値を改めて発見する場にもなっているのです。
さらに、中国の珠算には「伝統文化」という大きな背景があります。
中国の「珠算」は2013年、「中国珠算―そろばんによる数学的計算の知識と実践」として、ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に登録されました。
そろばんは単なる計算技術ではなく、長い歴史の中で人から人へと受け継がれてきた文化でもあります。
そうした歴史や文化的価値についても、大会という大きな舞台を通して子どもや保護者に伝えていく。子どもが学び、先生が教え、親がその価値を知って応援する。そして家族で大会に参加することで、さらに理解が深まっていく。
そこには、「大会に参加するために家族がそろばんを支える」という一方向の関係ではなく、「大会が家族にそろばんの価値を伝え、その家族がまた子どもの学びを支える」という循環が生まれているように思います。
教育熱心な中国の保護者。
その関心を受け止め、そろばんの教育的価値や文化的価値を伝える大会。
そこで特別な経験をする子どもたち。
そして、その姿を見て、そろばんへの理解をさらに深めていく家族。
それらがうまくかみ合っていることこそ、この大会の大きな力なのではないでしょうか。
もちろん、中国と日本では教育事情も、そろばんを取り巻く環境も異なります。中国のやり方をそのまま日本に取り入れればよいということではありません。
しかし、日本のそろばん関係者にとっても、ここには考えるべきことがあるように思います。
保護者に「そろばんの価値を理解してください」と求めるだけではなく、私たちそろばんに関わる側が、その価値を伝える機会をつくれているだろうか。
大会は、技術を競い、順位を決めるだけの場所になってはいないだろうか。
子どもの成長を保護者に感じてもらい、そろばんが持つ教育的な価値を知ってもらう。そして、長い歴史の中で受け継がれてきたそろばん文化を、子どもと家族が一緒に大切にしたいと思えるような場になっているだろうか。
大会そのものが、そろばんの価値を社会や家族に伝える発信の場になる。
上海で見た大会の姿は、日本のそろばん関係者にも、これからの大会の役割について改めて考えるきっかけを与えてくれているように思いました。
次回は、今回弊社で試みた日中そろばん職人の交流についてご紹介したいと思っています。

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